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ベースにある世界観(7)

喉もと過ぎれば熱さを忘れる人類



ドラゴンボール最後のシーンは、あえて深読みするまでもないくらい、
とてもメッセージ性に溢れたストーリーでした。

ピッコロ大魔王やセルなど、地球のピンチが訪れるたびに人類は恐怖におびえます。
それらの度に、人類の知らないところで、孫悟空は地球を救ってきました。

しかし人類は、一旦、孫悟空たちがその恐怖から解放すると、
すぐに今まで恐怖に怯えていた事を、平和の大切さを、忘れていきます。

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そんなことを繰り返していた地球人ですが、最後の最後で、
「たまには地球のやつらにも責任をとらせてやるんだ」
というべジータの提案により、元気玉に協力するように呼びかけられます。

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※元気玉は本来、全てのものから「ほんの少しだけ元気をわけてもらう」技です。


「喉もと過ぎれば熱さを忘れる」という諺どおり、
人間というものは過ぎ去ってしまえば、
その時感じた恐怖や平和の大切をも忘れてしまうものなのでしょう。

なぜ忘れてしまうのか?

その1つに、いつも孫悟空たちだけで解決してしまうので、当事者意識がない。
という理由もあったのだと思います。

そこでべジータは、人類にも当事者意識を持ってもらうために、
元気玉作りに肉体的な痛みを伴うぐらいの協力をさせるのです。

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私たち人間は、痛みを感じるぐらい強烈に焼きつく出来事でないと、
すぐに忘れてしまう生き物です。

地球人全員が、魔人ブウの恐怖から、
自分たちの手で平和を取り戻した事を忘れない。

そうであれば、2度と地球を恐怖に陥れる悪は出現しない。
そんなメッセージがあったのかもしれません。




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