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天津飯・餃子(1)

「もう会うことがないと思う」という天津飯の言葉の意味



この言葉は、セルを倒し、それぞれが帰路につくときに、神様の神殿で
天津飯がクリリンやヤムチャたちに言った言葉です。
私はこの言葉を聞いたときに、かなり衝撃を受けました。

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なぜ、お互いに命を掛け合えるほどの、友情がありながら、
「会うことがない」なんて寂しいことを言うのだろう。。。。。

普通の感覚で言えば、
「何事かなくても、年に1度くらいは、バーベキューでもして集まろうぜ!」
って、言うのが普通じゃないでしょうか?

でもこの言葉を天津飯が伝えたときに、
誰一人そんな未練がましい言葉を言いません。

一番のライバルであり、友であったヤムチャも、
天津飯の「達者でな」の言葉に、
「おまえもな」とだけ返します。

普段は、けっこう離れて暮らしているそれぞれの戦士ですが、
いざ仲間のピンチ、地球のピンチとなると、
お互いに命を掛け合えるぐらいの深い友情があります。

それだけ非常に固い絆で結ばれている仲間同士ですが、
かといって、いつも一緒にいる仲良しグループというわけでもありません。

少し極端な例ですが、女の子同士が、
「一緒にトイレに行こう!」なんて馴れ合いの付き合いはしません。

普段はほとんど会うこともなく、もし何か共通の敵が出現しなければ、
ほとんど会うことがないのではないか、というぐらいさっぱりした関係です。

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※3回目の天下一武道会終了から、5年間、1度も集まっていなかったようです。

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※やはりここでも、5年間全く音沙汰なしの孫悟空。今度はブルマが怒ってます。 


それぞれに自立した人間同士の付き合いは、こうあるべきではないかと、
今は、思います。

一緒にトイレに行くなんて、馴れ合いの関係は、
一緒にいる時間は長くても、「いざ」という時には、崩壊してしまったりするものです。

これは、今流行っている漫画の「ワンピース」でも、「スラムダンク」でも、
同じように描かれていると思います。

彼らは、お互いにきっちりと個を確立しており、その上で、
何かがあればとてつもない団結力を見せるのです。

友情というのは、「馴れ合う」ことではなく、
1人1人がきっちりと立ってこそ、成り立つものだと思います。


「もう、会うことがないと思う」

この言葉には、自立した人間同士の、潔い友情と素晴らしい距離感を感じるのは、
私だけでしょうか。

この言葉を残したあと、天津飯は1度だけ孫御飯たちの前に姿を現します。
それは、デンデが魔人ブウに殺されそうになるところを、間一髪で助けるシーンです。

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※やはり仲間のピンチにはかけつける天津飯。男ですね〜。

天津飯、かっこいい生き様です! 





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